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アメリカ見たまま
近藤美佐子さん(元中学校教諭)が米国滞在中の生活体験から日本との比較を表現しています。
第7回 new
≪第11号 1993.10.1発行号より≫

  「教育事情に思う」
 いよいよ最終回となりましたので今までの「アメリカ見たまま」のまとめとして「教育事情」を取りあげてみます。36年間における教育現場での体験をもつ私にも、アメリカの子供達との接触にはかなりのカルチャー・ショックがありました。私の働いていた二つの高等学校での生活を中心にご報告いたします。
 生徒達の服装は全く自由で髪型から履物まで「自己主張」を形に表した状態ですから、見ていて実に楽しく見あきない面白さがありました。例えば、髪は上に高く結いあげて派手なリボンで結んだり、手間ひまかけて丁寧なヘアスタイルに仕上げたり、男子は頭髪の側面や後部にLoveとかKissとかの文字に刈り込んだり、黒くて固い前髪を真直ぐに10cm余も長く伸ばして全体に長い頭部に見せていました。パンツやシャツのカラフルさは日本の学校の黒や紺一色を見慣れた私には異様に映りましたし、さらに色・形・材質も様々なアクセサリーは動くたびにガチャ・ガチャと音をたてて賑やかです。だれが何を着ようが身につけようが表現の自由を満喫している彼等はいかに他人とは異なった個性的なおしゃれをするか毎日、悪戦苦闘しています。自分の特質を十分に知って、それをいかに強く印象づけるかが最大の関心事でトータルファッションの形と色彩のバランスには特に気を配っているようでした。
 授業の様子はとてもリラックスしていて、日本式の画一的で静かな雰囲気とは反対に、いつでも、何でも言いたい時に言いたいことを発言するし、時に話題がそれてクラス中が笑いの渦や激論に発展することもあります。
 日本語を履修する理由は「日本の進んだ技術を身につけるためには日本語が必要で、将来日本に関わりのある仕事につきたい。」が殆どです。彼等は日本にとても興味感心が強く日本語の勉強を希望する生徒も多いのですが、なかなか難しくて覚えられないようです。
 アメリカの子供達は自分の将来の希望や計画また本人の好みで、英語や米国史等の必修科目以外の教科を選択でき、自分だけの履修時間表を作成します。ですから与えられて勉強するのでなく、自分の学習したい勉強が出来るわけで、当然「やる気」があるはずですが必ずしもそうでなく真剣さも中位です。日本式の暗記やこつこつと繰返し練習する学習法は苦手です。また復習や宿題はあまりやってこない上に、よく忘れ物をしますのでなかなかはかどりません。その上、教室を一歩でれば日本語とは無関係の生活ですから覚えた内容を定着させることは容易ではありませんでした。また私のアンケートによると約63%の生徒が何らかのアルバイトをしていて、何人かは放課後から夜半まで毎日仕事がありましたその理由は、自家用車の購入・維持管理・保険等の費用や生活や交際費に多額のお金が必要ということでした。そのため一日の生活に余裕がなく、疲れている様子がよく判りました。日本の子供達が部活や塾で忙しくゆとりのない日々を送っているのとは対照的に思えました。然し、日本の学生の学校・教師・授業に対する考え方と彼等とは全く違っています。日本が学歴社会であるのに対して米国は実力社会ですから必ずしも学校を卒業する必要はなく一芸に秀でることに意欲を燃やします。
 日本では、学問に対して真面目にひたむきに取り組むことが高く評価されたり個人が常に自分を磨き、何才になっても学習意欲を失わない活力が好まれます。これは中国から学んだ儒教の影響ですがもうすぐ戦後50年になる今日でも、このことは僅かながら教育現場に生きています。また、最近の教育ママ現象に見られる家庭での勉強への応援(?)に対して離婚率が都市によっては60%を越すといわれるアメリカの家庭崩壊は明らかに教育の難しさを表わしています。子供は心豊かな安定した暮らしの中でこそ育てられるべきだと思います。病めるアメリカは元大統領ブッシュ氏が教育の重要性を指摘して1990年に21世紀を目ざした「6つの教育改革」を掲げました。そのポイントになったことのひとつが就学前における学習準備教育の必要性でした。日本の幼稚園や小学校低学年でのきめ細かい基本的生活習慣の指導が参考とされたと言われていますが、私は友人やアメリカの先生方から日本の教育の現状をよく質問されました。今、アメリカでも教育の大切さに気づきその改善は急務のひとつとされています。

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第6回
≪第10号 1993.7.1発行号より≫

   「住空間に思う」
  日本の26倍の広さを持つアメリカが2億余の人口を抱えていても、日本が全面積の約73%を山地で残り僅か7%の平坦地に一億余が密集していることを思えば、その余裕のほどは計り知れません。したがって、それぞれの暮らしの工夫は自ずとその大地と気候との関わり方によって生じてくると思われます。
「どうぞお上がりください。」とアメリカのお客を家に招じ入れた場合、殆どの人は靴を履いたまま、ずかずかと上がってしまいます。「Take off your shoes,please」は前もって言うべきです。アメリカの高校で座禅の学習の時、正座を教えたけれど、10人中8人までが座ろうとしませんでした。実際、彼等のジーンズが窮屈なことに加えて、彼等の生活には床に足を曲げて座る作法がない上に、教室の床での正座には拒絶反応が先になったようでした。もうひとつ気づいたことは、靴の在り方で、あの大きい靴を履いたままでは日本式の座り方は出来ないし、人前で履物を脱ぐ習慣のない彼等は躊躇するのです。したがって、彼等にごく自然に身についているベッドに入る以外靴を脱がない生活様式は、根本的に住まいに対する考え方が私達とは違うことを如実に表していると思います。日本人があくまでも家屋の内と外を区別し、屋内をひとつの空間としてこだわり、美しい四季のうつろいを巧みに取り入れて楽しむ創意工夫が、些細な所にも見えかくれする素晴らしさは喩えようもありません。この様式美と生活を潤す美意識は総て禅宗に由来することを思えば、その心を理解しなくては、何の意味もないわけです。
一方、彼等の無駄のない合理主義に基いた快適な暮らしぶりは、それ相応の良さがあって、広大な土地と乾燥した気候条件をよく生かしています。
  例えば、最近は殆どの家にサーモスタットによる冷暖房が完備し、特にセントラル・ヒーティングは我々のストーブや炬燵から今だに開放されない生活から比べれば羨ましい限りです。また、理科の実験室のような便利な器具のある台所は働き易く参考になりますが、日本人のように食事に手間ひまかけない上に、食器の種類もあまり多くないので、いつもきれいで理想的なのだと判りました。
  更に、日本の住居では戸障子を開けて風や光を入れる工夫をしますが、私の住んだ家々では直接フレッシュ・エアーはとり入れ悪く、窓は二重窓か、位置が高かったり、小さかったり、開かないものや、窓のない場合もありました。これは防犯や防寒対策でエアコンがきちっと設備されているので開ける必要がないのです。年末の大掃除の折に家族みんなでガラス拭きをした時一回だけ開けました。
  学校でも窓のない教室は珍しくなく、圧迫された感じでやりにくかったことを覚えています。
  また掃除機が日本より早く一般に普及したこの国では、うなりを上げる大型機を使って毛あしの深い絨毯の上を走らせていましたが、屋内でペットを飼う家庭の多い米国では家の中での獣の匂いに加えて、雨後の泥や湿気、ペットの汚物の汚れも気になりました。私達には豊かな日光を利用してよく外に物を干す習慣がありますが、乾燥機の発達したアメリカでは日本のような洗濯物の干し方はあまり見られません。シラキュース市もオマハ市も雪や雨、曇天の日が多く日照時間が少ないので乾燥機は必需品ですし、食器の種類が少なく簡素化された食生活でも皿洗機は合理化への大きな役割をはたしていました。
  家の造りについては近頃の日本でも欧米式が好まれているようですが、和式か洋式か、一概にどちらが良いとは言えないと思います。要は、家族みんなが一番リラックスできる快適な暮らしをするために、それぞれの立場での主張をうまく生かした住空間を工夫し、恵まれた我が国の自然の移り変わりを楽しみながら心豊かに生活できるよう努力したいと思います。

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第5回 
≪第9号 1993.4.1発行号より≫

  「食生活に思う」

最近は日本の暮らしの中にもかなり多くの外食産業の発達による食生活異変が起こっています。
テレビでも「日本一うまいラーメン屋」とか「カレーライスのうまい店探訪」のような番組が観られるし、
雑誌にも食べ物情報がくわしく載っています。
アメリカのどんな町にもたくさんのファーストフードの店があってよく利用されていました。
一見便利そうに見えるこの種の店もよく観察してみると、気になることがいくつかありました。
第一に殆どが大型チェーン店ですから細かい気配りよりもパターン化したメニューに大量生産式のやり方で
同じような味のものでした。
第二に体の大きいアメリカの人々は実によく食べますから、一人前の量の多いのにびっくりしました。
いわゆるキングサイズでとても全部は食べきれません。
第三に動物性脂肪の多い脂ぎった肉料理や油で揚げたり焼いたりした食べ物が多いので少々うんざりしました。
第四に洗わなくて済む紙のコップやお皿、又はプラスティック容器なのにはがっかりでした。
洗って再度使うより新製品を使うほうがコストが安い。まさに捨てる文化です。
第五はキャフテリア形式のセルフサービスの店が、子供連れには喜ばれていましたから店内がいつも雑然として落ち着かない雰囲気でした。然し、これらの事はアメリカナイズされた日本の大衆食堂も同様だと思います。
北シラキュースのホスト家庭には小五と小一の二人の子供がいて地域のサッカー部に所属していましたから
よく子供達の応援に出かけましたが、そういう日の夕食は大抵子供の好きなハンバーガー・フライドチキン・ピザ等の店で済ませました。どれも私には脂が強くて食欲がわかずに困ったものでした。
こういう外食や校内のキャフテリアの食事には大体ブラウンブレッド(ふすまをとらない小麦粉で焼く茶色のパン、黒パンともいう)に燻製の七面鳥の薄切れをはさんだサンドウィッチか、きざみキャベツにウィンナを挟んだホットドッグで済ませましたが、美味しいとは思いませんでした。
ですからオマハ市に滞在の時には日本から炊飯器を持ち込んで、安いカルフォルニア米(日本米の約1/4の価格)をよく炊いて自分に合った食事を作りました。
私のホスト家庭では日本食は初めてだと大変喜ばれ、毎回リクエストに応じていろいろな和食を披露したので
食卓が賑わったのはよい思い出となりました。
アメリカでは「手軽で、安く、早く調理できる」食品が数多く市販されていますから、
土のついた野菜を提げて帰ることはありません。
最近、日本でも使い易くパックされた品物に人気がありますが、日本の食品よりもっと簡便さが徹底していて
家庭の食事もパーティーの席でも同じような料理が同じような味で出されました。
私達のよく言う「おふくろの味」やその家庭独特の持て成しはあまり期待できませんでした。
また食卓にも日本のように種類や材質の違う食器を料理に合わせて工夫するテーブルセッティングは
皿洗機の発達した合理的なアメリカの生活様式には無理のようでした。
滞在中に彼等の食文化について友人に尋ねましたところ次のように話してくれました。
「アメリカは建国以来多くの人々が慣れない風土や気候・疫病や原住民との戦いにあけくれ、
西部へ向って開拓に力をそそぎキリスト教の信仰とフロンティア・スピリットに支えられて夢中で生きてきた。
彼等は寸暇を惜しんで働いたので食事は簡単で手早く食べられるものが好まれた。
その当時はゆったりと食事を楽しむ余裕がなかったからでした。
然し、現在も忙しい生活に追われているために時間を効率的に使う習慣は同じで、
食事に手間ひまかけるゆとりはなく、子育ての母親や仕事を持つ主婦は自分の時間を生み出すために
家事は出来るだけ簡素化している。」
なるほどそれでテーブルの中央の大皿にもった料理をほしいだけ自分のお皿にとって食べるマナーや
大きなマグカップで飲むインスタントコーヒーの発達は開拓時代の野営生活からの名ごりかと思いあたりました。
こういう手っ取り早い食事方法は時と場に応じては必要かも知れませんが、
なごやかな家庭の雰囲気づくりには主婦の心のこもった手作りの料理と素敵な卓上アイディアがポイントで、
家族ひとりひとりの心と体の健康を培うものと思っています。
便利で使いよい食品をうまくとり入れても、
常に日本の心を大切にしながら私達の歴史に生きづく食文化をこだわりをもって伝えていきたいものです。

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第4回 
≪第8号 1993.1.1発行号より≫

「衣生活に思う」
 あわただしい師走の街角に立ち、道行く人を眺めていて気がつくのは
「どの人も身ぎれいだな。」ということでした。
大人は流行をうまくとり入れ、若者はこざっぱりとしてかっこいいし、子供達は清潔な感じがした。
こういう景色は日本の豊かさを示すバロメーターで気持ちよいけれど、
どの人も同じようなパターンで同じような色彩だけが目につくのは残念だ。
 アメリカの人の衣生活を眺めると日本の人とは大部違う。
彼等の服装にもしっかりとした自己主張が見える。
1970年のアリゾナ州フィニックス市のイースト高校で実に奇抜な服装を見かけた。
背中丸出しのタンクトップにホットパンツや星条旗の星と縞を左右の足にはいたパンツ姿、
頭にインディアンの髪飾りとロングドレスの組合せ。
当時の校則には「裸でないこと。裸足でないこと」とあった。
今年のアリゾナ州オマハ市の高校生も直径7〜8cmもある大きな金属のイヤリングを
がちゃがちゃ言わせていたり、髪の毛を高くゆいあげたりほころびや穴だらけのジーンズに肩が落ちたTシャツや、
色とりどりのパンツに派手なブラウスの組合せ等ふき出しそうになる程愉快な服装で登校していて、
ファッション雑誌を見ているようで楽しかった。
毎日、自分をどう表現するかが、彼等の生き甲斐のようであり、
どの生徒も自分に合ったパターンと色のコーディネイトには気を使い、お金も使っていた。
日本の学生達は一番自分をアピール出来る時期に制服に身を包み、没個性を強制されているし、
おしゃれをする時間的・気分的な余裕もないから、卒業後もどう着飾ってよいのか、
何が一番自分に合うのかを掴みきれない。
だから人真似や流行をそのまま取り入れたスタイルで、みんなと同じ格好で安心しているように見える。
外国で日本の若い女性の旅行者はひと目でそれと判る。
きまって長い髪に同じような服装で、必ず複数で歩く。 
 そこには彼等なりの主張が見えないからである。
広大なアメリカ大陸では淡色は消されてしまう。
あの広い空間と単調な自然の中では、 はっきりとした形や色彩でないと映えない。
いわゆる大胆なスタイルに原色が似合う。
アメリカのジーンズやTシャツがその気候や風土に左右されて根づいたように、
衣生活はその土地の人々を如実に写して面白い、
然し、米国でもボストンやサンフランシスコのように水に恵まれ、
景色がやさしい所は日本に似て細かい柄やエレガントな服装が目についた。
私は、アメリカでの暮らしの中で、着物を着ていた時が一番安心していられた。
彼等に決して引けをとらない自信があったからでした。
この日本特有の美意識を大切にすると共に、日常着としての洋服も個性的に楽しみたいものだと思いました。

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第3回 
≪第7号 1992.2.1発行号より≫

今回は家庭の躾についてお話ししましょう。
私達はよくアメリカは自由の国だ。 何をやっても良いのだという事を耳にしますが、
この自由という意味を皆さんはどう解釈されていますか。
たしかに「自由」とはやりたい事が出来るということですが、では何をやっても良いかとなりますと、
いくらアメリカでも全く制限なしということにはなりません。
イギリスの自由と規律の精神のように、あくまでも自己の責任において行うわけです。

最近のアメリカでは、以前よりかなり若者のこの責任についての考え方が不十分で、
ある人はベトナム戦争後、人々の考え方に思いやりが欠け、
自分勝手な行動をとる者が増えてきたと嘆くのを聞いたことがあります。
日本でも最近、若い人達の言動についていろいろと批判的な意見を耳にします。
どうも世界中から少々コントロール(自己管理)のきかなくなった人々に迷惑をしているようです。

こういう時に一般の家庭では子供の教育はどうしたらよいかと、いろいろとお考えになると思いますが、
アメリカでも子育ては大変に難しくやりにくいようです。

私のいた家庭には6才の男の子(小1)と10才の女の子(小5)がいましたが
二人の一日の生活がとても規則正しかったことが印象的でした。
朝6時起床、シャワー、食事、身支度。
8時、スクールバスで学校へ。
夕方3時半、スクールバスで帰宅。
その後は大体広い裏庭で近所の子供達とサッカー。
夕食。
テレビを見て8時に就寝。
土、日曜日には二人とも町のサッカークラブに所属しているので、練習又は試合。
男の子は雨や雪の日は日本製任天堂のゲームボーイでカチカチと余念がない。
女の子は大体近所の女の子とお人形遊びで、日本の子供とあまり変らないようでした。
この任天堂のテレビゲームは大変な人気で、
クリスマスプレゼントに3万円位のものがとぶように売れていました。
小、中学生には日本のテレビゲームはいくらかなどよく質問されました。
さて、この二人の子供達に対して教員をしている両親は特に厳しいとは思いませんでしたが、
節目ではぴしっと約束を守らせていました。
例えば、ある時男の子が、夕食のおかずに文句を言ったので、 別室へ連れて行って
「何でも食べなければいけない。わがままは許さない。」と言って食事をさせませんでした。
また或る日、友達と外で遊んでいてスコア-のことに不満で泣いて家にかけ込みました。
父親はその場に行って事実を確かめ、本人のミスだと判るとフェアプレーの大切さをわかり易く教え、
それが出来なければ、わかるまで一人で考えろと外に出しませんでした。
決して甘くせず、大声で叱かず、本人に考えさせ、納得させるやり方は参考になりました。
小さい時からフェアに扱い、あくまでも本人の理解と納得が大切で、
友達と共感してゆける人間を家庭でもしっかり培うことの実践を見た思いがしました。   

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第2回 new
≪第6号 1991.10.1発行号より≫

第1回のアメリカ事情に続いて今回は町の中で見た合理性についてお話ししましょう。

私達は日本国内で暮らしている場合あまり長い行列をつくるという場面はありません。
空港、駅、役所や銀行、郵便局などの窓口でも各々の窓口が多く、
係もそれぞれ仕事についていて手早く事務処理をしてくれるので、最近はあまり手間をとらないように思います。
せっかちの日本人には、サービス精神のある接客態度は実に気持ちのよいものです。

これがアメリカ版になりますと、かなり事情が変ってきます。
どんなに大勢の人達が窓口に群がっていても一つの窓口にひとりの係だけで、
決しててきぱきと仕事をしてはいません。
急がずあわてずマイペースで進んでいますから、
日本的なサービスに慣れた人にはなんともはがゆく(・・・・)戸惑いを感じます。
勿論、窓口をいくつも開く時もありますが、
従業員の労働時間や雇用上の理由で常に最低必要人数で仕事をしているわけです。
どんな人も特別サービスを受けるなどはもってのほかで、みんなが順番に平等の扱いを受けます。
その順番も窓口がABCと3箇所あって、3人の係がいれば客は一列に並んで待ち、空いた窓口へ順に進みます。
これが能率的で各窓口に列をつくるよりも合理的です。
それにプライバシーを保つために次の人は窓口から一定の距離をおいて待っています。
最近日本でも役所の窓口業務も工夫され改善されてはいますがまだまだ要領のよい人が得をしたり、
横はいりするのを見ることがあります。

この順番についてですが、アメリカ人の考え方の基本に「平等(フェアー)」があります。
百近い多民族の混じる大陸ではみんなの生活をうまくコントロールするには、
すべてが平等の精神に裏づけられないとまとまらないのです。
ですから少しでも不利なことがあれば、あくまでも追求し、場合によっては訴えます。
アメリカは有名な訴訟社会ですから仕事の面では自分の守備範囲を守り、
あくまでもビジネスライクに処理をします。

以前に私の家に遊びに来たアメリカの友人が、呉服屋さんが反物を持って注文をとりに来たり、
クリーニング屋さんのご用聞きや、お寿司屋さんの出前、酒屋さんのビールの配達に驚き、
特に配達料やサービス料を加算しなかった日本流のビジネスにカルチャーショックを受けたようでした。
世の中が合理的になりすぎると味気がなくなるので、
この日本的なきめの細かいサービスは是非これからもほしいものです。

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第1回 new
≪第5号 1991.7.1発行号より≫

1989年4月、第20回インタナショナル、インターシップ、プログラムスに参加して米国ニューヨーク州シラキュース市の小、中、高校でアメリカの子供達に日本語及び日本文化の授業をして参りました。
一ヵ年の滞在中に三家族にお世話になり、ありのままのアメリカの暮らしにふれ多くのことを学ぶことが出来ました。この当時の私の体験を具体的な例で皆様にお伝えしたいと思います。

私が渡米するたびに一番感心をもったことのひとつに彼等の合理的な生活態度があります。
日本人の曖昧模糊(あいまいもこ)とした、いわゆるファジイな気質と違って、彼等の考え方は、実に透明で論理的ですから丁度、陰と陽の感じがいたします。

私がいつも参考に見ていたのは、台所です。
すべてがシステム化されてきちっと片付き、用具は理科の実験器具のように便利です。
最近、日本でも世界各国の珍しい台所用品が手に入りますが、20年前の私には羨望の的でした。
今回驚いたことは若い私のホスト家庭には、まな板、布巾、やかん等がなかったことです。
菜ばしのないことは承知していましたがその代わりにトングスという物を挟む道具は昔の火ばさみのようです。
まな板は、私達のように切ったり、刻んだりの料理がほとんどなく、台所用のはさみで切ったり、手でちぎる程度ですから必要ないわけです。
また皿洗機の発達でお皿などは洗ってからそのまま乾燥しますからお布巾はいりません。
何かで欲しい時には、ペーパータオルで代用します。
紅茶やコーヒーはマイクロウェーブで各自で「チン」とやればいいわけでお湯をわかすやかんは使いません。
日本の私達ほどに食事の仕度に時間をかけないし、食事についてのこだわりがあまり感じられませんでした。
このことについて次のような意見を聞くことができました。
「アメリカ開拓時代にインディアンと戦い、大陸を切開くのに忙しく、十分に食事を用意する時間さえなかったから、手早く作って、簡単に食事を済ます習慣が身についてしまった。それが現代のようにせわしく働く時代も同じで、簡便な食事を安易な方法で準備して労働や余暇の時間を生みだすようになってしまった。」ということでした。
しかし、私にはとても味気なく私たちの手間ひまかけて少しでも美味しいものをと心がける食生活はぜひ大事にしたいものだと思いました。

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