第1回のアメリカ事情に続いて今回は町の中で見た合理性についてお話ししましょう。
私達は日本国内で暮らしている場合あまり長い行列をつくるという場面はありません。
空港、駅、役所や銀行、郵便局などの窓口でも各々の窓口が多く、
係もそれぞれ仕事についていて手早く事務処理をしてくれるので、最近はあまり手間をとらないように思います。
せっかちの日本人には、サービス精神のある接客態度は実に気持ちのよいものです。
これがアメリカ版になりますと、かなり事情が変ってきます。
どんなに大勢の人達が窓口に群がっていても一つの窓口にひとりの係だけで、
決しててきぱきと仕事をしてはいません。
急がずあわてずマイペースで進んでいますから、
日本的なサービスに慣れた人にはなんともはがゆく(・・・・)戸惑いを感じます。
勿論、窓口をいくつも開く時もありますが、
従業員の労働時間や雇用上の理由で常に最低必要人数で仕事をしているわけです。
どんな人も特別サービスを受けるなどはもってのほかで、みんなが順番に平等の扱いを受けます。
その順番も窓口がABCと3箇所あって、3人の係がいれば客は一列に並んで待ち、空いた窓口へ順に進みます。
これが能率的で各窓口に列をつくるよりも合理的です。
それにプライバシーを保つために次の人は窓口から一定の距離をおいて待っています。
最近日本でも役所の窓口業務も工夫され改善されてはいますがまだまだ要領のよい人が得をしたり、
横はいりするのを見ることがあります。
この順番についてですが、アメリカ人の考え方の基本に「平等(フェアー)」があります。
百近い多民族の混じる大陸ではみんなの生活をうまくコントロールするには、
すべてが平等の精神に裏づけられないとまとまらないのです。
ですから少しでも不利なことがあれば、あくまでも追求し、場合によっては訴えます。
アメリカは有名な訴訟社会ですから仕事の面では自分の守備範囲を守り、
あくまでもビジネスライクに処理をします。
以前に私の家に遊びに来たアメリカの友人が、呉服屋さんが反物を持って注文をとりに来たり、
クリーニング屋さんのご用聞きや、お寿司屋さんの出前、酒屋さんのビールの配達に驚き、
特に配達料やサービス料を加算しなかった日本流のビジネスにカルチャーショックを受けたようでした。
世の中が合理的になりすぎると味気がなくなるので、
この日本的なきめの細かいサービスは是非これからもほしいものです。 |